プロフィールと結成までの歩み

“ケチャマヨ”は、一人ひとりの心から、そしてそれぞれの家庭から、世界を平和にしていけると信じて活動しています。そんなふたりの現在までの歩みを詳しく紹介します。


ケチャマヨ・サヤカ(sayaka)

サヤカ

神奈川県藤沢市生まれ
藤沢高校・日本デザイナー学院卒

作詩(詞)・イラスト・キャラクターデザイン・ 遊びなど、アイディア担当。そしてハミングのような楽しくやわらかいボーカルと、タンバリンなど小物楽器も演奏。いつまでも乙女な“歌うイラストポエマー”です♪

幼い頃よりの家庭環境や、級友からイジメを受け続けた経験から「メッセージある作品で誰かの心の支えになろう!」と、漫画家を志した学生時代。ところが業界の現実を知り絶望…何も描けない状態に陥り「自分で自分を勇気づけよう」と作詩を始め、その詩画集がきっかけで人生のパートナー(ナオヒロ)と出会い、現在の活動に至ります。

これまでの色んな経験から《円満な人間関係楽しい食生活と健康家族との温かい思い出》は、未来を担う子ども達を始め、老若男女問わずとても大切な要素達であり、それぞれの家庭から世界を平和にできると信じて活動しています。

そして家庭の前に、まず一人ひとりが【自分の存在(心と命)を大切に】感じられるよう、願いを込め詩と絵を描き…メッセージと楽しい時間を、これからも全国にお届けしていきます♪(^-^)

サヤカのもっと詳しいプロフィール

サヤカは1979年の神奈川県藤沢市に生まれ、小さな頃からお絵描きや歌が大好き♪憧れはお姫様や魔女っ子☆というごく普通の子でした。でも自分の出生時に死にかけたと母から聞いていたため、将来の妊娠出産がとても怖く、女性として自信が持てない…という悩みを密かに抱えて過ごしていました。また幼い頃よりの家庭環境や、級友からイジメを受け続けた経験から次第に心の世界に興味を持ち「メッセージある作品で誰かの心の支えになろう!」と漫画家を志します。

サヤカの希望

ところが、メッセージよりもキャラクタービジネス化した業界の現実を知り、漫画家の夢を失望。迷走しながらもデザイン学校は卒業しましたが、その後の人生初の絵の仕事で酷く値切られる経験をし大ショック…!

イラストレーターとして生きる道にも絶望を感じ、何も描けないスランプ状態に陥ります。

サヤカの絶望

涙の日々を過ごす中、絵が描けなくなった代わりに、自分で自分を勇気づけるための文章なら書けるのでは?と、今まで時々書いていた詩を、本格的に書き始めました。藁をもすがる思いで綴った言葉たちに、やがて挿絵を添えたくなり…スランプから復活するきっかけとなりました。

でももう二度と傷付きたくない!と、絵を辞める決意をし、人生最後の作品のつもりで詩画集を制作。デザイン学校時代からの親友と、あるアートフリマに出展しました。

そして、その詩画集の購入者が、作曲の為に詩を求めていた「ナオヒロ」でした!!

サヤカの運命

その夜ナオヒロより詩画集の感想と、その詩への作曲を希望するメールがあり…
のちに【ケチャップマヨネーズ】結成!

先ず作品が寄り添うという運命の出会いから、やがて二人も歩み寄り…5年後の結婚式では、ふたりのコラボ作品を初披露。それから、出張演奏を始め「うごく!大きな絵があるファミリーコンサート」の活動に至ります。

また2015年頃より、コンサート&講演会の活動も開始。動く大きな絵がある歌と生演奏の参加型コンサートに、身近でわかりやすいお話を添えた“遊べる講演会”は、参加型で楽しく心に残ると大好評をいただいています。

サヤカの感謝

幼い頃よりの経験から《円満な人間関係・楽しい食生活と健康・家族との温かい思い出》は、未来を担う子ども達を始め、老若男女問わずとても大切な要素達であり、それぞれの家庭から世界を平和にできると信じています。

そして家庭の前に、まず一人ひとりが【自分の存在(心と命)を大切に】感じられるよう願って…これからも全国どこでも楽しい時間をお届けしていきます♪(^-^)


ケチャマヨ・ナオヒロ(Naohiro)

ナオヒロ

兵庫県たつの市生まれ
龍野高校・鳥取大学卒

作曲・編曲・音楽制作・ギター・ピアノ演奏はもちろん、発表の場であるホームページも制作。またアニメーション作品や動画編集、写真撮影なども手がけるなど、なんでも出来ちゃうマルチなクリエイターです。

小さい頃、勉強も運動もまあまあな“普通の自分” が、人を笑わせることでクラスの人気者になれて、元々まじめでやや神経質だった性格は少しずつほがらかになってきました。また一方で、中学生の頃にかかった病気から《右耳が聞こえない》という障害をもち “普通じゃない自分” に思い悩み、人との関わりを避けることもありましたが、「音楽をやりたい!」という思いが先行したので、障害を言い訳にせず、ひとりの時間を《音楽を楽しむ時間》と《自分の内面に向き合う時間》に変えられたことが全て、今の活動につながっています。(サヤカに出会い、仲良くなれました♡)

食べ物、健康、環境、遊び、休息などなど…自分を大切にすると人にもやさしく出来ると実感しています。そんなメッセージを多くの方にお届けしたいと公演活動を行っています♪

ナオヒロのもっと詳しいプロフィール

ナオヒロは1974年、兵庫県龍野市生まれ。マジメでやや神経質、運動も得意じゃない、勉強も好きじゃない、かっこよくもない、そんな自分が「人を笑わせること」で主役になれる時があり、やっぱり関西人はお笑いやな!と思った。幼稚園の頃からピアノ教室に通っていたが、教えられる音楽は苦痛だった。自分にとってはテレビやラジオから流れてくる歌謡曲こそが楽しい音楽。すぐ口ずさんで、つい体が動いて心が動いて…こっちのほうが好きだった。

ナオヒロの歴史01

中学生の頃、髄膜腫(ずいまくしゅ)という病気になり、右耳三半規管と右顔面神経と右耳聴覚を失う。「人生が終わった…」との絶望を味わうが、家族や友人のおかげで必要以上に落ち込まずにすんだ。ただ、人との関わりを避けるようになり、暗い学生時代を送った。その孤独な時間を埋めてくれたのはテレビとゲーム、そして音楽だった。「音楽をやりたい!」という思いが先行したので、障害を言い訳にせず、ひとりの時間を使ってギター演奏とコンピュータでの作曲に没頭した。

ナオヒロの歴史02

ギターを弾き、作曲をしたい…という思いはあれど、作詞が出来ずに悩んでいた。そんなとき、とあるフリーマーケットでサヤカとその作品に出会う。歌うべきテーマ、作るべき歌、そして人生のパートナーが見つかった瞬間!

ナオヒロの歴史03

自分を表現する歌をどんどん作れることにやりがいや使命感を感じたが、それ以上にパートナーと協力して作るので、その喜びを分かち合えることが何より最高な幸せだと分かった。

作品をもっと広めるためにwebデザインの技術も身に着け、アニメーション制作によって“動く大きな絵があるコンサート”として、表現の幅がどんどん広がっていった。結婚披露宴から始まったふたりのライブ活動は、ライブハウス→ストリートライブ→公園ライブ→インストア演奏を経て【全国出張コンサート】の形に進化。保育園・幼稚園など子ども向けはもちろん、障害のある方もご高齢の方も一緒に楽しめる内容で、広く家族向けのコンサートをお届けしている。また、今までの様々な経験から、最近ではメッセージをお話で伝える講演会も行っている。

ナオヒロの歴史04

ひとりでは何も出来なかった自分が、サヤカというパートナーに出会うことで今ステージに立てていることが本当に嬉しくて…特別じゃなくても、障害があっても、歌を通じて多くの方々と心を通じ合うことが出来る!昔見ていた“テレビの中の人”のように、これからは自分たちが、見る人聴く人に楽しさと勇気をお届けしていきたい。

 

出会い〜結成〜現在までのエピソード

コンサートはもちろん、詩と絵と歌の創作やお打ち合わせからホームページや広告まで、事務所やマネージャーなどに頼らず、ふたりでワクワクしながら手作りの活動をしている。そんなケチャマヨの出会いから今に至るまでのエピソードをこっそりお伝えしちゃいます。


2000年のはじまり2000年の秋、サヤカは仕事のイラストを値切られた事がショックで“絵”が描けなくなり、深く落ち込んでしまう。なんとかスランプから抜け出そうと、絵で表現する代わりに、前から書いていた“詩”で、気持ちの整理を始める。そうして生まれた詩たちにイメージが湧き、やがて挿絵が描け、2001年春、サヤカは再び絵を描くチカラを取り戻す。

2001年の出会い2001年5月、そんな状況を後押ししようと声をかけてくれた親友と共に、サヤカは川崎のアートマーケットに出展。詩と絵を集めた小冊子「しのえほん 人生にシオ・コショウ」を、赤の他人だったナオヒロが通りすがりに買っていった。この時ナオヒロは、ギターでオリジナル曲を創り始めるも良い詩が書けず、歌うべきテーマを模索中だった。

そしてその夜、
ナオヒロからサヤカへ感想のメールが届く。

「絵本の詩にとても共感しました。
 あなたの詩に曲をつけても、
 いいですか?」

 

2001年の創作この出会いがきっかけでコラボレーション創作がスタート。ピクニックをしながら即興で詩を書き、曲を作ったりするなどの遊びから、ケチャマヨとしての作品が次々と生まれていった。そんな創作活動を通じてふたりは心を通わせていった。

2002年の転機しかし2002年、ナオヒロは身体に不調を感じ、入院することに・・・大変な手術を受けるも、その後 復活。数ヶ月後ナオヒロは会社に通いながら夜間WEBスクールに通い始める。やがて 2003年10月、ホームページ【はなうたえほん】が完成し、作品たちの公開がスタート!

2006年の結婚この頃はまだスマホもなかった頃で、ホームページで発表してもなかなか感想をいただけず、自分たちで『いいね♪いいね♪』と言い合いながら作品を作り続けていた。少し物足りなさを感じつつも、もっとこの活動をいっぱいやりたい!そう思い、またこれから〈それぞれの人生〉を《ふたりの人生》にしていこうと、2006年に結婚を決意、入籍をした。

2007年の初ライブが結婚披露宴2007年4月14日、ふたりの結婚式では自分たちらしさを最大限に出すため、ウエルカムボードを描き、ペーパーアイテムも手作りし、式のBGMを全てセレクトし、そして『自分たちの作品を歌おう!』と歌やギターの練習をしたりと、まるで文化祭の準備のような、大変だけどとても楽しい披露宴の準備だった。

実は、この披露宴での演奏がケチャマヨにとっての初ライブだったが、とても好評で、お友達からライブイベント出演のお誘いを頂き、それが音楽活動が本格化するきっかけとなった。

2007年のライブハウスでの初ステージただ、音楽活動の経験がなかったので、初めのうちはライブって、どこでどうやればいいのかが分からなかった。

ライブハウス、ライブバー、カフェ、ストリート、公園などなど、いろいろな場所で演奏を試し、どの場所でも楽しさを感じつつも「ここじゃないな」という気持ちが常にあった。ケチャマヨの歌はどのシーンに合うのだろうと、常に考えていた。

ストリートライブ・井の頭公園アートイベント・厚木インディーズ(AIM)での活動など

会社勤めと並行しながら、まだまだ趣味で行っていた音楽活動。
歌って生きていくなんてムリだと思い込んでいた。
でもやればやるほど自分に嘘がつけなくなって、
「もうこの活動しかやりたくない!」と思うようになった。
「ふたりでなら出来る!」と思うようになった。

2008年ホームページで募集開始ナオヒロはその頃、web制作をフリーランスで行っていたが依頼は少なく、何より体にも心にも負担が大きかった。それなら!とサヤカが思い立ち、いつもは「ホームページ制作承ります」と出していた広告を「どこへでも歌いに行きます」に変えてみた。

2009年に初めて幼稚園の夕涼み会でコンサートそれから半年後。2009年5月、とある幼稚園から「ネットで知り、我が幼稚園の夕涼み会で歌って頂きたいのです」と初めてのご依頼を頂いた!この時の感激は今でも覚えている。コンサートは大成功。なにより楽しかった!!!ケチャマヨが歌うべき場所が見つかった瞬間だった。

大きな絵があるコンサートの誕生それからは子どもたちを中心に、広くファミリーに向けたコンサートを重ね今に至る。最初は《大きな布絵》だったイラストも、プロジェクター投影でより大きく、よりバリエーションを出せるようになった。今ではアニメーションを付けた《動く大きなイラスト》として進化を続けている。

参加型で盛り上がるライブ!さらに、絵と歌だけでなく色々な遊びも考えて参加型のコンサートとして、保育園・幼稚園にとどまらず、小学生も大人も楽しめるコンサートになり、色々なイベントからご依頼をいただいている。

あのとき思い描いていた、誰のマネでもない、ふたりにしかできないパフォーマンスができているのが何よりのシアワセ。


動く絵がある講演会&コンサート2015年からは、これまでの色々な経験を生かし、遊べる講演会&コンサートも開始。
【人権・食育・心と体の健康】などテーマは各種様々。他にはない《遊べる講演会》は親子で楽しみながら学べると大好評!お陰様でこの年は、講演会も合わせ年間106回にもなる大盛況となった。
ただ、サヤカの声が出なくなることもあったりと、スケジュール管理と体調維持のための休養の大切さを痛感した年でもあった。

新居の内装に凝るそんな多忙の合間をぬって“楽器可”の一戸建て(借家)に引っ越す。緑に囲まれた静かな環境で、歌やイラストの創作活動もさらに充実。

歌の制作もご依頼頂くようになり、主な作品としては2019年は「かたるぱ保育園」の園歌、2021年は「学びの保育園」の体操の歌を制作させていただいた。

ただ、活動は順風満帆でも、
夫婦としては悩みがあった…

【家族を増やしたい夢】があったが、サヤカ自身の出生時に「母子共に死にかけた」と聞いていたこともあってか、妊娠や出産に対して強い恐れがあった。また、出張公演のために早朝(朝6時)から託児できる場所もなく、実家も遠かったりして頼れなかったので、

『夫婦でコンサート活動をしている限り、子を持つのは難しそうだ…』

子どもたちとのふれあいが嬉しい

とずっと悩んでいた。

しかし、全国の公演先で沢山の子ども達や親子と触れあうほど・・・

「自分達の子どもにも会いたい!」

という想いは募るばかりだった。

何度も夫婦で話し合ったり、
公演先のママ達や園の先生に相談するうちに、

「そうだ!!我が子をコンサートに連れて行っちゃおう!」

と、ひらめく☆

ひらめいた!(思い切った!)いわゆる“普通の子育て”なんて無理だとずっと思っていたけど、『そもそもケチャマヨって“普通の仕事”じゃないよね?』と気付き… だったら子育ても、いわゆる普通じゃない、 自分たちらしい子育てをしよう! 預け先を探すよりも、子どもと一緒にコンサートをお届けしようよ! …と思えるようになった。

これは大丈夫なエコー写真【我が子と共に全国出張コンサート♬】という目標もできた2016年、それから幾度となく授かるものの、なぜかお腹で順調に育たず…

流産のたびに深く落ち込むサヤカだったが、流産の悲しみ苦しみを体験して、産めることの嬉しさ尊さを思えるようになり、次第に出産に対する恐怖は少なくなっていった。

オリジナル曲【星の約束】そのおかげか2019年末、五度目に授かった赤ちゃんは順調に育ち、日に日に大きくなっていくお腹にたくさん話しかけたり、毎日1時間以上も散歩したり、お誕生祝いにと子守唄【星の約束】を制作したり、助産院での定期健診で男の子だと判明したり、我が子に会える日をとても楽しみに過ごしていた。

減り続ける貯金、大きくなっていくお腹しかし妊娠が進むのと並行して、コロナ騒動で世界中は大混乱。全イベントが中止になり、ケチャマヨの出張公演も全部キャンセルに…。収入も途絶え、出産と育児のための貯金も切り崩したり、大事な保険も解約して生活費を捻出したり、いつ終わるかもわからないコロナ騒動の中、本当に不安でいっぱいだった。国の支援や親にも助けて頂きながら、なんとか生き続けた。

そして、念願の赤ちゃんとご対面!!

2020年9月4日22時35分、体重2500グラムの男の子が誕生しました☆
この世へようこそ!来てくれてありがとう♡

生まれた!妊娠中からお世話になっていた助産院で17時間、仮眠をとったり起きて歩いたりマイペースで臨めて、薬も使わない手術もしない自然出産で゙母子ともに健康で超安産♬

世間の喧騒も忘れ、我が子とママパパ一緒に、幸せな家族時間を過ごすことができた4泊5日だった。

なかなか大きくならない我が子安産だったので母子共に健康に退院した。

…はずだった。

なぜか母乳やミルクを頑張って飲むけど途中で眠ってしまう息子。これが異常なのか分からないまま、体重は徐々に減っていて、生後1ヶ月健診中に容態が急変し入院することに…


入院後の検査で、
息子は【ダウン症】と診断された。

(生後すぐに助産師さんから「もしかしたら…」とは伝えられていたが…)

合併症の心室中隔欠損症という心臓の穴の影響でエネルギーロスがあり、ミルクを飲んでる最中に息切れを起こし眠ってしまっていたため哺乳不良、体重が増えなかった。診断は<低血糖症>とのこと。

救急搬送された夜にこの話を聞いたときは生きた心地がしなかった。どうして…。


2回も入院してしまった入院中の息子に会いに毎日面会に通った。サヤカは慣れない搾乳に毎日苦心したり、どうにかミルクをたくさん飲んでほしいと工夫したり、やがて感染症対策がさらに厳しくなり、ナオヒロは会えずに駐車場からオンラインで面会したり…。また、先行きを懸念しながらも心から祝福してくれた両親の気持ちを考えると、待望の孫がダウン症で、しかも心臓に穴が開いているなんて言えず…。世間はクリスマスで賑やかだったが、二人は静かに泣いていた。

すくすく育ってきた!親は身も心もボロボロ…
でもしかし!赤ちゃんの生命力はすごかった!

途中、医療ミスなどもあって再び入院するも、なんのその。みるみる回復して元気に退院!! マイホームで赤ちゃんとの生活を送れるようになり、忙しく悩みながらも幸せな毎日だった。

ダウン症のイケメンコロナ騒動のさなかでも、2021年の春からは月に一度ほど公演ご依頼を頂けた。本当にありがたく、生きてていいんだと勇気を頂いた。

公演の合間に授乳…

息子が生後6ヶ月の頃には岐阜県の公演に同行を許してもらえ【我が子と共に全国出張コンサート♬】という目標の第一歩となった!これはひとえにご依頼くださり、息子を快く受け入れてくださる皆様のおかげ。本当にどうもありがとうございます…!

動く絵がある講演会&コンサート2023年頃には、リピーターの皆様からのご依頼を中心に、コンサート予定も少しずつ戻ってきた。コロナ騒動による活動休止期間も、いま振り返ればまるで産休をもらったかのようで、妊娠出産の大切な時期や、産まれたての息子との貴重な時間をゆっくり過ごせたのは、不幸中の幸いだったのかも知れない。(と思うようにしている)

幼稚園に入園!そして、2024年には息子は幼稚園へ。さらに活発になって育児の大変さを感じる毎日だが😅その分、幸せも大きく感じている。

大人も子どもも、
元気があれば何でもできる!

ケチャマヨファミリー息子はダウン症で、
ナオヒロは右耳が聴こえないなど、
大変なことも多いデコボコ家族ですが、それでも協力して楽しく生きています!

そしてこんな家族だからこそ、他の多くの家族に共感でき、コンサートを通じて楽しさと勇気をお届け出来ると感じています。

ケチャマヨファミリーの冒険は
これからもつづく・・・♬

 

サポートメンバーの紹介

特別なイベントにはサポートメンバーを加えて賑やかに演奏することも可能です。ケチャマヨふたりでのシンプルな演奏とはまた違った、賑やかで深いバンド音楽を楽しむことが出来ますよ♪

ケチャマヨバンドで賑やかに演奏します☆

サポートメンバー・まっけんさん

まっけんさん

打楽器「カホン」を主に演奏。ドラム講師でさすがプロのリズム感!他にもシンバルやウインドチャイムなど様々な打楽器を駆使し、ケチャマヨの音楽を、よりパワフルで楽しく演出してくれます☆

サポートメンバー・さと兄さん

さと兄さん

色々な楽器を持つ楽器博士。懐かしくて可愛い音色の「トイピアノ」や、アコーディオンのような郷愁漂うインド楽器「ハルモニウム」など、ケチャマヨの音楽を、より賑やかでドラマチックに演出♪

サポートメンバー・ハヤト(HAYATO)さん

ハヤトさん

グランドピアノやベルの音からオルガンまで幅広い音表現ができる「電子ピアノ」を演奏。さすがプロというアレンジで、ケチャマヨの音楽を、より優雅でオシャレに演出してくれます♪

サポートメンバー・かず兄さん

かず兄さん

打楽器「カホン」を主に演奏。妖精の羽のようなウインドチャイムをはじめ、七色のパーカッションも装備。遊びごころ満点の演奏で、ケチャマヨの音楽を、より楽しく盛り上げてくれます!

※ サポートメンバーをご希望の場合、交通費+お謝礼が別途必要です。メンバーの参加が可能かどうか、ご予算・スケジュールをお伺いしてから判断させていただきます。

★サポートメンバー募集中!

ケチャマヨの活動をサポートしてくださる、ゆかいな仲間(メンバー)を様々な分野で募集しています。楽器の演奏だけでなく、カメラマン・ステージ演出・手話通訳・歌詞の外国語翻訳などなど…ケチャマヨの活動に共感していただける方のご連絡をお待ちしています! mail


お問い合わせはこちらから

ご依頼の際は、開催日・開催場所・イベント内容・ご観覧人数・ご予算などを出来るだけ詳しくお教えください。ご不明点は「よくある質問ページ」をご一読お願いいたします。

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